りんごの音符(24)

バイオリン/小川響子さんおがわ・きょうこ

1992年、奈良県出身。東京芸術大学を経て同大学院修士課程修了。ベルリン・フィルハーモニー・カラヤンアカデミーを修了。第10回東京音楽コンクール第1位および聴衆賞、リヨン国際室内楽コンクール二重奏部門第3位、葵トリオとして2018年ARDミュンヘン国際音楽コンクール優勝。サントリーホール室内楽アカデミー第3、4期フェロー。国内の主要ホールの他、ヨーロッパ、アメリカやアジアでの公演や音楽祭に数多く出演。室内楽奏者、コンサートマスター、ソリストなど、国内外で活動している。葵トリオバイオリン奏者、名古屋フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター。

小川響子さん
葵トリオの青森公演で演奏する小川さん=6月12日、青森市のリンクモア平安閣市民ホール(撮影・長内健)
小川響子さん
小川響子さん。「あおもり藍」の青いストールとともに(撮影・長内健)

インタビュー

夢語り合える仲間を

昨年の「青い海と森の音楽祭」に出演し、初めて青森に行きました。本当にいい思い出しかなくて、皆さんが温かかったのが印象的です。1回目の音楽祭だと小さく始まることが多いイメージですが、(芸術総監督・青森市出身の)沖澤のどかさん、(音楽主幹・五所川原市出身の)隠岐彩夏さんの力ですごく立派な音楽祭でしたね。20年、30年と続く音楽祭になるなと感じました。

実は芸大とベルリンフィルのアカデミー時代、それぞれ同じ時期に沖澤さんも在籍していて、レッスンなどでご一緒する機会がありました。先輩後輩として同じ学舎で学び、今と変わらず素晴らしくて憧れの先輩だったので、音楽祭に呼んでいただけたのがすごく嬉しかったです。

昨年の音楽祭は「葵トリオ」として「皆さん初めまして」という気持ちで演奏したのですが、今年は6月に青森公演があり多くの方に来てもらったので、勝手にお知り合いになれた気持ちがしています。音楽祭ではドヴォルザーク作品を演奏予定です。なじみやすくピアノ三重奏の中でも名曲と言われているものです。楽しんでいただけるよう準備を重ねたいです。

私がバイオリンを始めたのは5歳でした。近所に音楽教室の「スズキ・メソード」があり、親によると私がやりたいと言ったそうです。高校生になってスランプを経験したのですが、芸大進学を目標に乗り越えました。芸大では音楽について語り合える仲間に出会えましたし、諦めなくて本当によかったです。

演奏活動の柱になっている室内楽は大学時代から力を入れてきました。恩師の原田幸一郎先生が「東京クヮルテット」として活躍されていたことも大きな影響を受けましたし、自分の一つの特徴として伸ばしていけたらいいなと思っています。

「葵トリオ」はピアノ三重奏ですが、年間を通して活動する団体は日本で多くないので、各地に行って魅力を皆さんにお届けするというのが目標の一つです。緻密なアンサンブルや3人が共通の認識を持って作品に向かうというのは、自分たちだからこそできること。取り組む機会が少ない作品を発掘して、レパートリーを増やしたいですね。

ピアノの秋元孝介はしっかり者。全てのことに誠実で、決断する場面ではたくさんのことを考慮して結論を出してくれます。チェロの伊東裕は機転が利いて好奇心が旺盛なタイプだと思っています。柔らかい人柄で顔も広いので、いろんな人とつなげてくれます。

先ほど高校時代にスランプになったという話をしましたが、対処できないほどの「悪い緊張」が出てきてしまって練習したことがうまくできないことが続きました。普通高校に通っていたし周りに音楽の悩みを相談できる人もいなかった。

でも、やっぱり音楽が好きで「いまやめたらもう戻れない」と思ったんです。筋肉も衰えるし技術的な面で苦しいですよね。10年後の自分がどう思うかという視点で考えました。いま夢を追うか迷っている人がいたら、助けになればうれしいです。夢について純粋に話せる友人を見つけてほしいですね。

(まとめ・秋村有香)

小川響子さん写真1 小川響子さん写真2

作曲家はこんな人/リスト

ピアノの魔術師と呼ばれたリストは、作曲家とともにピアノ演奏家としても、ロマン派音楽全盛期を駆け抜けました。リストは音楽をそれまでの「教養」から、「大衆を熱狂させるイベント」へと進化させました。具体的には、ピアノの配置を横向きにし、自らの横顔を聴衆に見せるという当時としては珍しいスタイルを確立し「聴く」から「観る」に変質しました。これは、現代に続く「ソロ・リサイタル」という形式の発明者と言えるのかもしれません。

作曲家としてのリストは、音楽構造の面で「ソナタ形式」という伝統的な形式から、新しい「交響詩」というジャンルを創出したことが特筆されます。交響詩とは、音楽に文学や絵画の内容を持ち込み、ベートーヴェンの「主題の展開」に対し、リストは「主題の変容(同じメロディーの性格を外見的に変える手法)」を用いました。

余談ですが、ワーグナーという作曲家をご存知ですか。実はリストは、ワーグナーの義父なのです。リストが実験的に用いた過激な半音階や増三和音などの不安定な響きが、ワーグナーの音楽にも多大な影響を与えたとも言われています。

ピアノ演奏家として活躍していたリストは、手が非常に大きく10度(ドから1オクターブ上のミまで)を軽々と掴めました。この「手の大きさ」がオーケストラの全楽器に匹敵する音圧をピアノ一本で出すための武器でした。女性たちがリストの投げた手袋を奪い合い、失神者まで出たとされる「リストマニア」現象は、現代のアイドル・スターの先駆けと言ってもよいでしょう。

(県吹奏楽連盟監修)