りんごの音符(19)

ビオラ/横溝耕一さんよこみぞ・こういち

1986年、東京都出身。桐朋学園大学卒。2006年に「Verus String Quartet」を結成し、ビオラ奏者として第57回ARDミュンヘン国際音楽コンクール弦楽四重奏部門第3位。宮崎国際音楽祭、別府アルゲリッチ音楽祭、セイジ・オザワ松本フェスティバルなど国内外の音楽祭に参加。現在はNHK交響楽団バイオリン次席奏者としての活動のほか、ビオラ奏者としても各地のオーケストラに客演。

横溝耕一さん
横溝耕一さん(C)Shigeto Imura
横溝耕一さん演奏風景
浜離宮朝日ホールで2023年から開催している室内楽フェスティバルAGIO(アージョ)で演奏する横溝さん(手前)(C)K.Miura

インタビュー

日本には数多くの音楽祭が存在しますが、初回であれほどの盛り上がりを見せた「青い海と森の音楽祭」はすごいと感じました。プレーヤーのみならず、スタッフを含め、全員が同じ方向を向いているのがすごいことでした。沖澤のどかさん(青森市出身)、隠岐彩夏さん(五所川原市出身)、矢部達哉さんをはじめとする実行委員会幹部のみなさんの人徳はもちろん、サポートしてくださる主催、マネージメントのみなさんのきめ細やかなフォローのたまもの。決して簡単なことではありません。

第2回の音楽祭にもお声がけいただきとてもうれしく思っています。青森には不思議なご縁があり、実は弘前には10年ほど前から毎冬訪れています。音楽を通じて出会った弘前の医師に、脳の腫瘍を見つけていただいた過去があり、命を救ってくれた地でもあるのです。また、都内ではなかなか出合うことができない新鮮な魚や果物、野菜、お酒…。どれも素晴らしく、毎回訪れるのが楽しみで仕方ありません。

小学校から音大付属に通っていたので、音楽以外、何もできないというのが正直なところです。元々、楽器の練習と言えば、野球やサッカーをしている近所の子どもを横目に、母に怒られながらやるものだったのですが、10歳の時に嫌々連れて行かれたNHK交響楽団(N響)の演奏会で「これならやりたい」と思ったのが音楽家を目指した決定的な出来事でした。

高校入学後は室内楽に魅了されました。幸いビオラの音符が楽に読めたこともあっていろいろな仲間から声をかけられ、室内楽ではビオラばかり弾くようになりました。人の音と自分の音を重ねることが何より好きで、もうその頃には「オーケストラ、室内楽を仕事にする」という気持ちが固まっていました。

普段はN響でバイオリンを弾いていますが「青い海と森の音楽祭」ではビオラを演奏しています。ビオラを弾いている時は自分の表現したい音楽が自然に出せるような気がして、アイデアやイメージも膨らみやすいのです。

音楽はクラシックより洋楽、気分に合わせてジャズやR&B、ハワイアンミュージックなどいろいろと聴きます。ただ、ベートーベンの弦楽四重奏やマーラーの交響曲のような自分にとってバイブルと言える作品は定期的に聴いています。ベートーベンの音楽は美しさとグロテスク、マーラーには天上の美しさと人生への執着─といったある種の相反する性質の音楽が混在しているところが魅力。ただ美しいだけのものにはあまり共感できません。人生には良い時も悪い時もある。人のきれいではない部分にこそ、その人の生きざまを見ることができる気がします。

日に日に世の中が不穏な空気に包まれる中、今こそ音楽という世界共通のコミュニケーションツールの存在が大切と感じます。特にアンサンブルの現場では、人と人が共存するために必要な要素が詰まっています。相手に伝えること、伝え方、気遣い、目線…そして相手の音を聴くこと。

世界には音楽を用いて治安改善につながった例もあります。それだけ音楽の持つ見えない力が、人の心の栄養として必要かつ重要なのだと思います。多様性という言葉が大々的に扱われるはるか昔から、音楽の世界では最低限のルールの中で他を受け入れることがスタンダードでした。世界中が自己中心的なマインドに支配されていく時代だからこそ、言葉のない音楽を身近に感じてほしい。その有無で人生の豊かさは大きく変わると思います。

(まとめ・長谷川恵子)

横溝耕一さん写真1 横溝耕一さん写真2

作曲家はこんな人/モーツァルト

モーツァルトは「神童」と呼ばれ、幼い頃から作曲家として活躍していた父から英才教育を受けました。また、若い頃から優れたチェンバロ奏者として頭角を現したほか、オルガンやヴァイオリンの名手としてもその名を轟かせていました。協奏曲などの「カデンツァ」(演奏家が自由に演奏してよい部分)も、モーツァルト自身が超絶技巧の即興演奏で聴衆を魅了していました。

モーツァルトは5歳で初めて『アンダンテ・ハ長調』というチェンバロ曲を作曲したほか、8歳で交響曲、12歳でオペラを作曲しました。

それまでの音楽家の多くは宮廷や教会に仕える「使用人(職人)」でしたが、モーツァルトは「聴衆」に向けて直接音楽を提供する、近代的な音楽家の先駆けとなりました。

モーツァルトは、バッハ的な緻密な構成が否定され始めた時代、「自然で流麗な旋律」を重視しました。しかし、それは決して単純なものではなく、極めて高度に洗練された「人工的な自然さ」でした。モーツァルトの時代、音楽には「様式」が存在しており、作曲家は、様式に則り作曲することが基本でした。

モーツァルトの凄さは「感情」と「形式」が、見事に一致していることです。後のロマン派のように「感情>形式」でもなく、バロック時代のように「形式>感情」でもない、奇跡的にバランスのとれた作曲家がモーツァルトなのです。媚びない気高さと大衆が親しみやすい圧倒的なメロディーセンスで多くの楽曲を作曲しました。

(県吹奏楽連盟監修)