りんごの音符(12)
ピアノ/秋元 孝介さん

私の両親は音楽関係ではありませんでしたが、音楽が好きな家庭で育ちました。4歳頃からヤマハ音楽教室の幼児科に通い始め、歌やエレクトーンなどを楽しんでいました。
その頃は家にあったフランス出身のピアニストで作曲家のリチャード・クレイダーマンのCDをたくさん聞いていたので、一番好きな「渚のアデリーヌ」という曲を発表会で弾くことになりました。でもエレクトーンでは音域が足りないことが不満で、その発表会で初めてピアノを弾きました。それがピアノとの出会いです。小学校に入学した時に地元の個人のピアノ教室の先生に習い始めました。
音楽家になろうと思ったきっかけは、音楽高校2年のときにウィーンのコンクールで入賞したこと。初めての海外への挑戦で世界の音楽界に触れ、この道を極めたいと思うようになりました。
ピアノはオーケストラのようにさまざまな音を出すことができるのはもちろん魅力ですが、最も素敵だと思うのは、一度発音した音は増幅せず減衰して行くところです。打楽器をのぞく他の多くの楽器は、呼吸やボウイングで一つの音を自由自在に操ることができますが、ピアノは一度発音してしまえば、後はどんなに鍵盤を押し込んでも音は増幅することなく減衰していきます。音が減衰してしまう儚さに私は心からのときめきを感じます。
最も興味を持つ作曲家はニコライ・メトネル(1880~1951年)。彼はロシア人ですがドイツ系の出自でもあり、当時ロシアではラフマニノフやスクリャービンと並ぶ「三羽烏」と呼ばれていました。彼の作品は職人のように高度で緻密な構成を持ちながら、とてもロマンティックかつ叙情的で、その釣り合いが絶妙なバランスで保たれています。派手さはあまりないですが、聴けば聴くほど心のひだに触れる温かみを感じます。
私の活動の柱でもある「葵トリオ」は、日本では数少ない常設のピアノ三重奏団として日々ピアノ三重奏の魅力を発信しています。メンバーはピアノを担当する私と、バイオリンの小川響子(奈良県出身)、チェロの伊東裕(同)の3人で全員が東京藝術大学出身です。「葵」は3人の名字の頭文字であるA、O、Iを組み合わせたもので、花言葉の「大望、豊かな実り」にちなんでいます。
今回の「青い海と森の音楽祭」には、特別顧問を務めるバイオリニスト・矢部達哉さんからお誘いいただきました。芸術総監督の沖澤のどかさんとは直接つながりはありませんが、彼女の指揮は的確で分かりやすく、演奏家の一人として非常に感銘を受けています。
7月3日の「室内楽演奏会」は葵トリオのメンバーとしてラヴェルの「ピアノ三重奏曲イ短調」を演奏します。それぞれの楽器の響きに加え、調和した時の美しさも体感していただけるような演奏を目指します。青森の皆さんとピアノ三重奏の喜びを共有できることを楽しみにしています。
青森は東北で唯一今まで演奏に行ったことがなく、個人的には青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸の展示が気になっています。私は幼少の頃から鉄道が好きで、青函トンネルができる前の青函航路に興味があります。空き時間にぜひ見学に行きたいです。
(まとめ・長谷川恵子)

都内の友人宅で撮影(©Kosuke Atsumi)

オーケストラ・セレーナの第14回演奏会で協奏曲のソリストとして出演する秋元さん=2024年8月12日、かつしかシンフォニーヒルズモーツァルトホール(©Takashi Fujimoto)

葵トリオの(前列左から時計回りに)小川響子さん、秋元孝介さん、伊東裕さん(©Kosuke Atsumi)

あきもと・こうすけ

1993年5月10日、兵庫県西宮市出身。東京藝術大学音楽学部卒業後、同大学院音楽研究科博士後期課程を修了し博士号を取得。2018年、ピアノ三重奏団「葵トリオ」のピアニストとして、第67回ミュンヘン国際音楽コンクールピアノ三重奏部門で日本人初の優勝。第10回パデレフスキ国際ピアノコンクール特別賞など受賞多数。各地でソロリサイタルを開くほか、オーケストラとの共演や室内楽公演、アウトリーチ活動も積極的に行う。国内外の音楽祭にも度々出演

葵トリオ「完璧な演奏」世界を魅了

世界最難関と言われるミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ三重奏部門における日本人初の優勝以来、世界から注目を集めるピアノ三重奏団「葵トリオ」。
演奏技術の高さはさることながら、王道演目だけでなく、演奏機会の少ない作品や邦人作曲家の作品にも光を当てる活動が高く評価され、ピアノ三重奏の世界を開拓し続けている。ヨーロッパからアジアを舞台に古典から現代作品まで幅広いレパートリーを展開、「バランスの取れた完璧な演奏」で人々を魅了する。
東京藝術大学、サントリーホール室内楽アカデミーで出会い、2016年に結成。メンバーは兵庫県西宮市出身の秋元孝介さん(ピアノ)、奈良県橿原市出身の小川響子さん(バイオリン)、奈良県生駒市出身の伊東裕さん(チェロ)の3人で、第28回青山音楽賞バロックザール賞、第29回新日鉄住金音楽賞フレッシュアーティスト賞(19年4月より日本製鉄音楽賞に改称)など数々の受賞歴を持つ。
紀尾井ホールでは21年度から23年度までレジデント・シリーズを務めたほか、27年のベートーベン没後200年に向けたサントリーホールとのプロジェクトが進行中。近年は室内楽のマスタークラスで講師も務め後進の指導も行っている。
国内ではこれまでに山崎伸子、原田幸一郎らに学び、ミュンヘンではフォーレ四重奏団のディルク・モメルツに師事。今年2月にはハワイツアーに招聘されるなど今後ますますの活躍が期待されている。(長谷川恵子)