りんごの音符(3)
ヴァイオリン/矢部達哉さん
音楽を続けてきて良かった─。昨年6月、弘前で開いたコンサートでそう感じました。5歳からバイオリンを始めて、東京都交響楽団でコンサートマスターを務めて来年で35年。こんな気持ちになれたのはこの時が初めてです。
バイオリンはオーケストラの演奏のメロディーを弾く楽器で、コンサートマスターの僕は、指揮者がやりたいことを誰よりも早く察知して演奏者に伝えます。学校で例えると、指揮者は先生、僕は学級委員、オーケストラはクラスのみんな。僕はクラスを代表して怒られたり、先生や生徒の気持ちを代弁したりするのが仕事です。
だから、コンサートマスターって本当に大変。コンサートが終わったらまた次の演奏に向けて曲の勉強に練習…。やらないといけないことが果てしなく続く。ずっと自分との闘いで、正直、投げ出したくなる時もありました。
それが、コロナ禍になって時間がぽっかり空いて。食べるものはあるし寝る場所もあるけど、心がとがって幸せを感じられない日々が続きました。そこで何となく家でオペラを聴いたら「幸せ」と感じられたんです。音楽に癒やされて、音楽に心が動かされました。
「音楽は人々に幸せや潤いをもたらすもの」。それを考えながら演奏したのが、昨年の弘前でのコンサートです。お客さんの温かくて大きな拍手、マスク越しでも分かる子どもたちのキラキラ笑顔。演奏と真剣に向き合ったからこそ、お客さんの反応がうれしかった。音楽を続けてきて良かったと心から思いました。
でも青森は、東京と違って、毎日オーケストラの演奏が聴ける環境ではありません。こんなにも喜んでくれる人たちがいるんだから、この演奏を届け続けていかないと。その思いを隠岐彩夏さん(ソプラノ歌手、五所川原市出身)に伝えたことから「青い海と森の音楽祭」に参加させていただくことが決まりました。
この音楽祭は本当にすばらしいものになりますよ。参加する音楽家のメンバーは、青森に幸せを運びたいと考える人たちばかり。僕は今までのキャリアを全て青森にかけます。そのくらい真剣。メンバーとは毎日連絡を取っていて、この曲やるのはどう?とか話しています。もう、早く音楽祭が始まってほしい(笑)。
バイオリン練習が嫌いだった僕だけど、50歳を過ぎて音楽が必要な意味を知ってからは、練習の楽しさが分かるようになりました。年齢とともに体が変化するので、その都度弾き方を分析して変えています。あとは、筋力が落ちないように毎日握力を測ったり、週に5日はプールで泳いだり。テトリスはもう何十年も続けています。反射神経が衰えなくていいんです。
音楽家の僕たちは、作曲家の代弁者。何百年も前に作られた曲が今も残っているんですから、作曲家は偉大です。その作曲家が曲に込めた心の動きを解釈して表現し、皆さんに伝えるのが僕たちの仕事。メンバーみんなで真剣に届けるからこそ、初めて生まれる楽しさがそこにあるはずです。
東京都交響楽団の定期演奏会でバイオリンを弾く矢部さん(左)=2023年5月、東京都
やべ・たつや
「青い海と森の音楽祭」特別顧問。1968年、東京都生まれ。
90年、22歳から東京都交響楽団のソロ・コンサートマスターを務める。故朝比奈隆、故小澤征爾ら著名指揮者と共演。94年度第5回出光音楽賞、96年度村松賞、96年第1回ホテルオークラ音楽賞受賞
楽器を知ろう/バイオリン
バイオリンは美しい音色を持つ弦楽器の一つです。弦楽器の中では多くの場面で目にすることがあるのではないでしょうか。4本の弦があり、左手で弦を押さえ、右手で弓を使って音を出します。弦を押さえる位置によって音の高さが変わり、弓の使い方やスピードで音の強さや表現力が変わり、まるで歌うかのようにメロディーを奏でることができます。バイオリンはクラシック音楽で演奏されることが多く、オーケストラでは重要な役割を果たしています。大人数のオーケストラ奏者のリーダー的存在である「コンサートマスター」は、「第2の指揮者」とも言われ、通常は最前列で客席に最も近い位置にいるバイオリン奏者が務めます。
また、時にはソロで華やかな演奏を披露することもあります。バイオリン協奏曲(コンチェルト)やバイオリンソナタ(バイオリンを独奏楽器とした小編成の楽曲)が多くの作曲家により発表されています。
さらに、クラシック音楽だけではなくポップスや映画音楽にも使われ、その多様な音色で多くの人々に愛されています。
バイオリンの演奏技術を習得するには熱意と根気が必要です。最初は弦を正確に押さえるのが難しかったり、弓の動かし方に慣れるのに時間がかかるかもしれませんが、練習を重ねることで上達し、やがて自分の思い通りに音楽を表現できるようになり、音楽の楽しさがさらに広がります。
(青森県吹奏楽連盟監修)